『知覚は問題解決過程—アーヴィン・ロックの認知心理学— 』(2001 ナカニシヤ出版)2200円
まえがき
米国の心理学者,Irvin Rock(1922−1995)は,1995年,最後の著作の執筆半ばにして惜しまれつつ膵臓ガンで亡くなった.その彼を,生前,仲間やお弟子さんたちは,親しみを込めて“Irv”(アーブ)と愛称していた.彼の死後に出版された『Indirect Perception』(Rock, 1996)の序文で,彼を慕う心理学者パーマーは,アーブの人柄をこのように解説している.知覚・認知心理学に携わる者として,筆者もそのアーブを敬愛する1人である.
最近の知覚・認知心理学では,意識化や知的処理を伴わずに自動的に進行する知覚過程を強調する議論がもてはやされている.そのような趨勢にあって,アーブは晩年に向かい,ますます「知覚は問題解決過程だ」とする,意図性・能動性を重視する論陣を張った.外界からの情報入力の役割を担う“知覚”は,それ自身,多面性をもつ複雑な心的過程である.とても,自動的・無意図的過程として捉えきれるものではない.現在の趨勢に真っ向から立ち向かう,彼の強調したもう1つの側面にも,われわれは目を向けるべきである.ロックの認知心理学は,まさにそうした知覚体系なのである.
本書で取り上げるさまざまなトピックを通して,彼の主張が現在の知覚・認知研究にとって必要なグランド・セオリーであることを訴えたい.その意味で,ロックは知覚理論家である.それとともに,彼はまた,優れた実験アイデア・マンでもあった.彼のお弟子さんたちとの共同研究に,その能力はいかんなく発揮された.弟子の1人であるGilchrist(1996)は,アーブの死亡追悼文に,「たとえロックの理論的考えに同調できない人でも,彼が輝ける実験家であることには同意するだろう」と記している.ロックは,知覚を脳の神経生理活動にも数式による計算理論にも還元せず,観察者が抱く知覚印象レベルで手堅く議論する合理的枠組みを構築した.そしてそれを,巧妙な実験手続きにより証拠立てていった.そうした彼の業績を,本書を通して皆さんにも実感してもらいたい.
取り上げたトピックを目次で通覧すると,彼の主張が一部の知覚事象に偏しておらず,まさに“知覚のグランド・セオリー”と呼ぶにふさわしい広がりをもっていることを納得してもらえるはずである.ゲシュタルト心理学の“体制化理論”の教育を受けることから出発し,ヘルムホルツの“無意識的推論(unconcious inference)”へと傾倒し,そしてさらにそれらを乗り越えるために,ギブソンの“直接知覚論”に正面から挑んだ姿勢は,“グランド・セオリー”の構築者の名を得るにふさわしい.
熱い気持ちを抑えて,いま,なぜグローバルな知覚論に目を向けなければならないかを考えてみたい.ゲシュタルト心理学など,かつては“感覚”と“知覚”を2つの異なった心的過程と見なすべきだと考えた時代があった.しかし,現在はむしろ,感覚・知覚を出発点とし,思考に至るまでの一連の情報処理過程を細切れにせず,“認知”過程として括る傾向が強まっている.感覚・知覚・学習・記憶・思考の相互関連性を重視する姿勢である.そこでは,自分は知覚を研究しているから感覚受容器で起こっていることなど知らなくてよいとか,知覚されたあとの処理がどうなってゆくかについては他人任せでよいという姿勢は許されない.たとえば,入力された情報の処理メカニズムとして最近盛んに論じられている“ワーキング・メモリ”の研究では,感覚・知覚から短期記憶までを守備範囲にするにとどまらず,長期記憶との連携も不可欠と考えられている.知覚をグローバルに“認知”と括る姿勢は,これからの知覚研究に携わる者にとって必要な研究スタンスなのである.
本書が,心理学に関わる人すべてに役に立つとは言わない.しかし,知覚・認知に関心をもっている人なら,これから学び始めようとしている人を含めて,知っておくべき内容が満載されている.知覚研究をすでに行っている人なら,これまでロックの研究とどこかで出会ったはずである.それらを個別的知識にとどめず,彼の示した知見がどのようなグランド・セオリーを背負ったものであるかを押さえておくことは,研究をうわべだけのものに終わらせないために大切なことである.
前著『図的に心理学』(吉村, 1999)では,アーブの著書に掲載されているさまざまな図の中から,図的プレゼンテーションとして物足りない点を探し出し,批判のまな板に載せるというあら探しを行った.本書では,敬愛するロックに対し,そのときの無礼を返上することを目指したい.
本書の性格上,アーブの直接の業績からの引用をふんだんに行った.本書を上梓するに当たり,まずアーブ自身の業績に謝意を表したい.筆者の解説を通して興味をもたれたことがらについては,ぜひロックの原典に戻って見識を深めてほしい.筆者の行った加工品・代用品ではなく,アーブのオリジナルに出会うことによって,筆者と同様,彼の虜になられることを願っている.また,アーブへの思い入れが筆者だけの独りよがりでないことを証すため,最終章では,Palmer(1996)によるロックの知覚論の解説を全面的に引用させてもらった.筆者以上に熱い眼差しで身近にロックと接した S. E. パーマー博士に,心よりの敬意と謝意を表したい.
最後に,本書の出版は,ナカニシヤ出版にお引き受けいただいた.編集を担当していただいた宍倉由高氏にこの場を借りてお礼申し上げる.
2000年10月30日
吉村浩一
目 次
はじめに 1
第1章 形と方向の知覚 9
1.1 “向き”の知覚に関わる要因 10
1.2 顔や手書き文字はなぜ網膜定位的なのか? 17
1.3 方向の“割り当て” 24
1.4 図形の“記述” 26
1.5 対称性の知覚 31
1.6 ロックの実験アイデア 34
1.7 ロックのアイデアを発展させる1:思考実験 36
1.8 ロックのアイデアを発展させる2
:反応時間による対称性知覚の吟味 39
第2章 無意識的推論説とゲシュタルト心理学への挑戦 45
2.1 感覚と知覚を区別すること 47
2.2 ゲシュタルト心理学からの離反 50
2.3 ヘルムホルツの“無意識的推論”説への接近 58
2.4 推論の間接性 61
第3章 ギブソンの直接知覚論との対立 65
3.1 恒常性をめぐるギブソン批判 68
3.2 知覚の間接性 74
3.3 知覚の計算理論 79
第4章 知覚は問題解決過程 85
4.1 いくつかのデモンストレーション 86
4.2 知覚の段階説と計算理論の共通性 91
4.3 解決の発見 99
4.4 発見された解決の受容 103
4.5 解決の選好 107
4.6 問題解決過程での注意の役割:Inattentional Blindness 113
第5章 知覚順応と逆さめがね実験 121
5.1 知覚順応とは 123
5.2 逆さめがねを着けると世界はなぜ逆さに見えるのか? 127
5.3 知覚順応の達成:変化するのは視覚か自己受容感覚か? 130
5.4 順応理論の統合的理解 136
5.5 視野の動揺:位置の恒常性の崩壊 143
5.6 知覚順応における記憶の役割 154
5.7 ものはなぜ見えるように見えるのか? 157
第6章 ロックの知覚論の総括と現在 161
6.1 知覚の諸理論の簡単な歴史 163
6.1.1 推論的アプローチ 163
6.1.2 体制化アプローチ 165
6.1.3 生態学的アプローチ 167
6.2 知覚論の中でのロックの位置 169
6.2.1 ゲシュタルトから無意識的推論へ 169
6.2.2 「直接知覚」対「間接知覚」 173
6.2.3 ロックの実験的貢献 176
6.3 パーマーによるロックについての個人的コメント 178
おわりに 181
引用文献 185
索 引 197