『運動現象のタキソノミー:心理学は"動き"をどう捉えてきたか』ナカニシヤ出版2006/02

まえがき

“タキソノミー(taxonomy)”とは,“分類学”という意味である.本書では,心理学がこれまで扱ってきたさまざまな運動現象の分類を試みようと思う.第1章から第11章までの章立て自体が,筆者の提案する1つのタキソノミーである.それに加えて,最終章の第12章では,意味性−立体性という2次元上に,第11章までの中で取り上げた主な運動現象を位置づけていく.こうした枠組みのもと,心理学での運動現象への取り組みを概観したい.

[1]「動きを見る」ことは「意味を捉える」こと
心理学で言う“運動視研究”とは,目の前に広がる世界を目で見る働きのうち,特に動く対象物を知覚する心の仕組みを研究する分野である.知覚心理学にとって,“動き”が特別というわけではなく,さまざまな属性,たとえば“形”“大きさ”“色”“奥行”などと並ぶ1つの属性にすぎないと言うべきかもしれない.しかし,本書では,他の属性とは一線を画し,“動き”に特別な位置づけを与えることから始める.
 “動き”の知覚は,“意味”を捉えることと密接に結びついている.確かに,他の属性,たとえば“色”の知覚も,その色が呼び起こすイメージや感情など,意味性や感情喚起と密接に結びついている.そう考えれば.“動き”の知覚を“色”や“奥行”などから切り離し特別扱いすることには無理があるかもしれない.しかし,“動き”と“意味”の結びつきは,他の属性とは比べ物にならないほど強い.しかもその内容は,知覚心理学の守備範囲に収まらない広がりをもっている.運動現象は,心理学のさまざまな領域で取り上げられている“意味”を担った心の働きなのである.
[2]運動現象を総覧することの意義
知覚を研究する人の中に“運動視”を手がけている人は多い.筆者もその末席を汚す1人に加わろうとしているわけだが,自ら関心をもつテーマだけから運動現象全体を見渡そうと思っても,全体像が見えてこない.そこで,運動現象についていろいろ調べ始めてみる.そうすると,扱われているテーマの広大さに圧倒され,ますます全体像が見えにくくなってしまう.
 現時点での筆者には,運動視に関して守らなければならない考え方も,義理立てしなければならない理論もないので,少し離れた地点から全体を見渡す余裕がある.強いて言えば,運動視研究以外のところで出会い,共鳴しているIrvin Rockという知覚心理学者が主張する,「知覚は問題解決過程」とする考え方を,運動現象の世界で見通してみたいという思いはある.Rockのこのグランド・セオリーは,はたして運動知覚全体にも通用するものなのかを,じっくり見つめていこうと思っている.多岐にわたる運動知覚研究の枠を越え,心理学で扱われている運動現象を広く,公平に眺めていくことは,筆者のそうした目的にも適うものである.
[3]神経生理学や計算論は埒外におき,現象に焦点を当てる
「脳の世紀」と呼ばれている昨今,ものを見る心の働きも脳活動を通して解明していこうとするパラダイムが勢いづいている.運動視においてもその傾向は著しく,後頭葉視覚野にMT野など運動処理を司るモジュールが発見されて以来,その勢いはいよいよ強まっている.今日では,運動を知覚する脳のメカニズムを解明することを目指して,さまざまな運動刺激が考案されている.
 しかし,本書では,脳の中でのメカニズムについて正面から立ち向かうことはしない.というより,なぜそのような見え方になるかを一般性ある理論で説明しようとする試み自体に深入りすることを避けたい.というのは,必ずと言ってよいほど,ある説にはそれを支持する運動現象がある一方で,それに反する現象も存在する.そうした理論の攻防に巻き込まれてしまったのでは,議論中心の展開となり,具体的運動現象への注目から逸れていってしまう.価値ある運動現象は,理論を取り除いてもなお,魅力あるものでなければならない.同じことは,計算論的アプローチに対しても当てはまる
 そうでなくとも,次に述べる事情から,運動現象を動画でなく書物という静止画媒体で扱うことには難しさが伴う.本書に登場する諸現象は,理論との関係に持ち込まなくても,それぞれの運動現象それ自体,掛け値なしに面白い.「なぜ,このような見え方になるのだろうか」と不思議に思うことしきりである.そして,不思議さを解明したいとの思いが,理論的考察へと導いてくれるのだと思う.各人各様の問題意識と興味をもって,それぞれの理論的検討へと進んでいってほしい.それらは,本書の先にある,読者の皆さんの負うべき課題である.そのために必要となる主要な文献は,本書において,適宜,提示していくつもりである.
 本書では,ともかく運動視にまつわる諸現象を広く知り,しかるべきところへ位置づけることを目指す.その思いは,章立て自体の中に込められている.そして最終章では,全体を鳥瞰すべき座標軸を提案することになる.それを含めて本書全体が,筆者なりのタキソノミー(分類学)になっている.全体を見渡せば,動きを見ることがいかに広く深い心的機能なのかを実感してもらえると思う.その一方で,それらが意外にも関連し合っていることにもまた,注意を向けてもらいたい.
[4]動きを扱う書物の歯がゆさ
いくら図をふんだんに使っても,動く映像を書物という静止画媒体で解説することは難しい.取り上げている運動現象を読者がすでに知っていれば,少々杜撰な説明でも容易に伝わる.それに対し,読者の知らない運動現象では,よほどうまく説明しなければ,実際にどのような動きが現象として立ち現れるのか,読んでいる人に伝わらない.それどころか,誤って受けとめられる危険さえある.運動視研究に登場する諸現象には,“常識では想像しにくい見え方”も少なくない.したがって,つたない説明でも読者が補いつつ理解してくれると甘えることはできない.筆者も,運動視に関する文献を読み漁る中,要領を得ない解説に歯がゆさや腹立たしさを味わった覚えが何度もある.特に,英語論文では,他の領域の文献を読んでいるときより英文読解力が数段,低下した気持ちになり,滅入ってしまうことしきりである.
 逆に,優れた説明に出会うと,賞賛というより感謝の気持ちが湧いてくる.よくぞ,想像しにくい運動現象を,かくもうまく表現してくれたと,頭が下がる思いになる.本書でも,そうした表現力に少しでも近づけるよう努めたい.そのために心がけたことは,運動方向を表す矢印を無造作に使わず効果的に使うこと,そして,異なる時点での映像を同一図内で描画する必要のある場合には,同じ時点で提示されるものと誤解されないように描き分ける配慮などをした.さらに,登場する運動図形に対しては,本文を参照しなくても,図の標題を読むだけで,その運動現象の内容が理解できるように努めた.そのため,本文と重複した冗長な解説になってしまった点は,容赦してもらいたい.
[5]一般解を求めることの難しさ
上でも述べたように,登場するさまざまな運動現象に反例のない一般解を求めることは難しい.もちろん,科学としての心理学はそのような一般解を追究すべきなのだが,公平にみて,その域に到達できている運動現象は少ない.「運動を知覚することは意味を捉えること」という,冒頭で述べた重要な性質を考えれば,“意味性”を一般的法則として書き表すことは,そもそも難しいことなのである.
 ゲシュタルト心理学は,知覚現象を法則的に捉えることを目指してきた.創始者であるWertheimerが1912年に著したゲシュタルト心理学最初の論文は,運動現象と正面から取り組んでいる.そして,その研究の延長上に,“ゲシュタルト法則”が形成されていった.これは,運動視研究における重要な流れであるため,本書でも独立した1つの章として解説する.しかも,Wertheimerの最初の論文1編を解説するために,1つの章を割り当てる.そこには,今日からみても脱帽するほどの工夫が投入されている.Wertheimer(1912)の同時代におけるゲシュタルト心理学に関わる諸研究についても,“現象”に重点を置いて,運動知覚全般を見渡す出発点に据えたい.
 科学としての心理学が目指すべき理論的問題へは,一通り運動現象を偏見なく眺めてから挑んでもらいたい.支持したい一般解に合致する現象だけを集めてみても,理論を裏づけることにはならない.他の観点からデモンストレーションされている現象に目を向けることによって,理論的検討に耐えうるところまでたどり着けるのだと思う.
[6]本書を書くにあたって特に参照した重要文献への謝意
動きの知覚をめぐる心理学の取り組みは,掛け値なしに広範囲に及ぶ.動くものは○や□という幾何学図形であっても,その動きを何の動きと捉えるかにより,あるいはどういう意図をもった動きと捉えるかによって,見え方が違ってくる.「動きを捉える」とは,そのような意味の把握まで含み込むものである.
 第2章では,ゲシュタルト心理学の創始者であるWertheimerが1912年に書いた記念すべき論文を,彼が発見した運動現象を中心に解説する.当然ながら,核となる文献は,Wertheimer(1912)であるべきだが,ドイツ語で書かれたこの論文を筆者は直接読んでいないし,今日,この論文を実際に読んでいる知覚研究者もほとんどいない.Sekuler(1996)は,その点を指摘した上で,Wertheimer(1912)のこのモノグラフには今日の運動視研究においてもなお,刺激的な諸現象が盛り込まれていたことを賞賛し,「Motion perception: A modern view of Wertheimer's 1912 monograph」と題する論文を著した.本書の第2章の解説は,Sekulerのこの論文があって構成することができた.
 また,20世紀のはじめ,Wertheimerと肩を並べ,ユニークな運動現象に取り組んだ人物に,イタリアの知覚心理学者Benussiがいた.彼は,ドイツ語圏で研究活動をスタートさせ,初期のゲシュタルト心理学と一定距離を保ちつつ,後にイタリアに帰り,イタリア知覚心理学の祖として今日まで強い影響力を持ち続けている.彼の行った運動視に関する研究は,ドイツ語かイタリア語でしか発表されていないため,手軽に読むことはできない.だが幸いにも,その内容を日本語で解説した資産をわれわれはもっている.昭和初期,日本にゲシュタルト心理学を紹介し,九州帝国大学の心理学研究室を創設した佐久間鼎の著した,『運動の知覚』(1933)である.この書物は取り立ててBenussiに焦点を当てたものではないが,登場する運動現象は半ば,Benussiのもので占められている.『運動の知覚』(1933)が存在しなければ,本書の第2章もまた,存在することはなかった.
 ○や□などの幾何図形の動きを見たとき,われわれはそれを物理法則に従う物体の動きと見ることもあれば,生き物などの動きと見ることもある.ただし,物理法則に従うと言っても,それは必ずしも正しい物理法則とは限らず,見る者が正しいと思い込んでいる物理法則にすぎない場合もある.それを,心理学では,“素朴物理学”または“直観物理学”と呼んでいる.このテーマをめぐるさまざまな運動現象を解説する第8章と,それをベースに,生き物の動きに関する諸現象を扱った第9章では,Sperber, D., Premack & A.J.Premack(1995)編集の『Causal cognition』と,Thornton & Hubbard(2002)編集による『Visual cognition』の特集号を利用した.前者の文献はさらに,“素朴物理学”や“直観物理学”の発生過程,すなわち乳児において素朴物理学がどの程度,内化されているかを解説するところでも大いに参考にした.
 第10章では,「運動知覚は“heuristics”である」との見解が解説される.“heuristics”とは,直訳すれば「発見的方法」という意味だが,知覚研究以外の心理学で重視されてきた概念である.心理学用語としては,あえて日本語に訳さず,「ヒューリステイックス」と片仮名表記するのが一般である.ヒューリスティックスを取り上げた第10章の議論を組み立てるにあたっては,Braunstein(1976)の枠組みに助けられた.
 さらに,特定の章に限定することはできないが,Palmer(1999)の『Vision science』と題された大著は,本書のさまざまな局面で見通しを与えてくれることになった.この書物は,「視知覚は知的な過程である」との考えを基本に据えていて,先程の“ヒューリスティックス”とも通じるものである.そして,筆者の共鳴するIrvin Rockの「知覚は問題解決過程」(吉村,2001)との主張とも直接,関わる文献である.Palmerは,この本を書くにあたり,Rockとディスカッションを重ねたことからも推察できるように,この本には2人の議論の成果が色濃く反映されている.Palmerは,この本の執筆に,1990年から10年間を費やした.残念ながら,2人のディスカッションは,1995年,Rockの突然の死によって終結した.本書を書くにあたって筆者が大いに参考にした「運動と事象の知覚」の章は,この本の終盤近くに配されているため,Rockとの議論が十分に行われなかったかもしれない.この点は惜しまれるが,本書でも,知覚と思考の関係を見つめる章を設けて,RockやPalmerの見解を反映させていくことにする.
 ここに紹介した諸文献は,本書を書くにあたって格別の役割を果たしてくれたものばかりである.引用箇所で逐一言及しないが,本書を始めるに当あたり,これらの文献の著者・編者に対し,心より感謝の意を表したい.

2005年9月1日
吉村 浩一

目  次

まえがき i

はじめに 1
 [1]veridicalという言葉:恒常性と錯視 1
 [2]なぜ,錯視的な動きに注目するのか 3
 [3]本書の構成 4

第 1 章 動く刺激を生み出す装置さまざま 9
 1-1. Wertheimerの用いた刺激提示装置 11
 1-2. Michotteの因果・事象知覚研究での運動提示装置 14
 1-3. Johanssonの運動提示装置 19
 1-4. 実際運動の提示法:アナログとデジタル 20
 1-5. 映画の仕組み 23
 1-6. テレビとビデオ:NTSC方式とCRTディスプレイ 26
 1-7. 液晶,プラズマ・ディスプレイの運動表示特性 28

第 2 章 ゲシュタルト心理学の金字塔=Wertheimer(1912)再考 35
 2-1. Wertheimerは何をしなかったか 37
 2-2. 仮現運動は眼球運動で説明できるか 38
 2-3. 実際運動と仮現運動の比較 41
 2-4. 3つの時相の変わり目に起こること 43
 2-5. α運動から始まるWertheimerの仮現運動の類型 44
 2-6. 注意をどこに向けるかにより仮現運動内容は変わる 46
 2-7. 知覚的慣性:ヒステリシスの振るまい 49
 2-8. 脳生理に基づく説明 51
 2-9. 知覚的体制化に対するWertheimerの立場 55

第 3 章 Benussiから始まるイタリア知覚心理学 59
 3-1. 触覚における仮現運動 60
 3-2. 純粋φに対するBenussiの姿勢 62
 3-3. 運動軌道は最短距離とは限らない 63
 3-4. ベクトルによるモデル化を示唆する現象 65
 3.5. τ効果とS効果 68
 3-6. Grazを去ったBenussi 69
 3-7. BenussiとMusattiの共同研究:SKEの発見 70
 3-8. BenussiとMusatti以降のイタリア知覚心理学 74

第 4 章 回転が誘発する立体感 79
 4-1. 前衛芸術家Marcel Duchampの作品 80
 4-2. WallachらによるKDEの発見 83
 4-3. MetzgerによるKDEに類似した研究 85
 4-4. MetelliとMusattiによるさらなる回転立体感 87
 4-5. 楕円は回せない:アニメ現場での経験則 90
 4-6. Wallachらの“identity imposition” 92

第 5 章 運動の枠組み:自己枠組みと視覚枠組み 95
 5-1. 誘導運動 97
 5-2. 速さの誘導運動 99
 5-3. 自己の誘導運動 101
 5-4. Gibsonに発する“オプティカル・フロー”研究 102
 5-5. 運動のベクトル分解と合成 104
 5-6. 全体運動と部分運動の階層性を示す例 107

第 6 章 対応問題 111
 6-1. 2点間の対応 112
 6-2. 3点同士の対応:Ternus効果 115
 6-3. Wagon-wheel 錯視 118
 6-4. 窓問題(aperture problem) 123
 6-5. 窓問題における物理的対応点 127
 6-6. 対応点が多数ある場合:バーバーポール錯視を例に 129
 6-7. 対応点の運動方向が異なる場合:運動ベクトルの合成 131
 6-8. 対応問題とKDE 134

第 7 章 事象・因果知覚と社会的知覚 137
 7-1. 事象や因果性を捉えることは“知覚”なのか 138
 7-2. Michotteの事象・因果知覚 140
 7-3. Launching・Triggering・Entraining 141
 7-4. Michotteの“圧縮”研究 143
 7-5. Michotteの実験における“擬人化” 145
 7-6. Heiderの“社会的知覚” 147
 7-7. Michotte実験を物理法則から捉え直す 149
 7-8. 2種類の古典物理学 151

第 8 章 素朴物理学からrepresentational momentumへ 153
 8-1. 素朴物理学をデモンストレーションする運動例 154
 8-2. 素朴物理学は経験から学習するものではない 156
 8-3. “representational momentum”という用語 158
 8-4. “力学的要因”もある程度は機能する 162
 8-5. “representational momentum”の性質 164
 8-6. 1枚の静止画による“representational momentum” 165
 8-7. “representational momentum”の支持・不支持例 169
 8-8. 乳幼児による検討 173

第 9 章 生物の動きと無生物の動き 177
 9-1. 乳児による生き物の動きの把握 178
 9-2. 動きを大別する基準1:無生物対生物 183
 9-3. 動きを大別する基準2:自己駆動力とAgent 186
 9-4. Johansson−Gibson−Michotte 190
 9-5. Johanssonのバイオロジカル・モーション 193
 9-6. 剛体定理とバイオロジカル・モーション 195

第 10 章 問題解決とヒューリスティックス 199
 10-1. 体制化の法則 200
 10-2. 知覚は問題解決過程:Rockの知覚論 203
 10-3. “ヒューリスティックス”という考え方 208

 10-4. ヒューリスティックスに対するGibsonとJohansson 210
 10-5. 知覚と思考 212

第 11 章 これまでに紹介できなかった運動現象 217
 11-1. 影の動き 218
 11-2. フィルムの逆回し 222
 11-3. 交差と反発:聴覚とのインターラクションはあるか 225
 11-4. 直角に折れる直線運動の軌跡:Fujii illusion 229
 11-5. マジック 232
 11-6. アニメーション 233

第 12 章 最終章:運動現象のタキソノミー 237

おわりに 243

引用文献 247

索 引 265

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